
田舎くさいところに田舎大学で来てどうするんだ?なんかは確かにわかります。
都会に住む田舎人も、田舎に住む田舎人もおなじくわかる感覚なのですけど、不採算性確実なFラン大学とか言われようとも基本的な根本の違いは「田舎が好き、地元が好き」な人口も人々もいるという事実です。
都会の大学が18歳ばかりではなく昔で言う夜学のように社会人受け入れも多いように、社会人からの受け入れも増えてくると学びの機会も増加していくわけです。
大事なのは場であって寺子屋のような小さな場所であったとしても、人々が巣立っていった松下村塾のように成長の場になるかもしれない、現在はそのような場が乏しいことにやはり危惧感があると思います。
あとは通勤通学で1時間かけるよりも、家から5分の場所に職場があって昼休みは毎日自宅でご飯を食べれるのがこの田辺のいいところだし、全く問題ないのが魅力なんです。都会じゃまあ難しいのと、ChatGPT、Gemini、Claudeで調べても「昼飯は自宅で食べれるから」という回答は出てこず、ですので、このへんのニーズはまだまだ健在化してないのでしょう。
ChatGPT、Gemini、Claudeで使い倒していますが、人間本来の隠されたニーズ的なものはさすがに読み解くのは難しいところ。
自然相手や環境相手に仕事する職業や日々であると、万能欲や支配欲がなくなってしまうのでストーカーになりずらいという話があるのですが、日々の生活でもなんとなくわかるわけで雨が降るとどうもできないような仕事や日々過ごすと怒りの矛先はお天道様になるので、ストーキングしずらい感はあります。女心に秋の空、子供心に山の天気、すぐに移ろい流されると思うのは大事です。